二人のアスカがステージ上で漫才を披露する、エヴァンゲリオン30周年記念短編のワンシーン

2026年2月、横浜アリーナ。エヴァンゲリオン30周年記念フェスティバルで上映された13分間の短編アニメーションを観た。

惣流・アスカ・ラングレーと式波・アスカ・ラングレー、二人のアスカが箱根湯本演芸場で漫才をやっている。最初は笑った。エヴァで漫才?なんだこれは。でも観ているうちに、違和感が確信に変わっていく。これは庵野秀明の独白だ。

エヴァは終わらない

シン・エヴァンゲリオン劇場版で「さようなら、全てのエヴァンゲリオン」と宣言してから5年。庵野はまたエヴァを作った。

アスカが舞台上で語る言葉の端々に、創作者としての苦悩が滲む。エヴァから逃げたい、でも逃げられない。いや、もっと正確に言えば、逃げることが許されない。30年という歳月が作品と創作者を一体化させてしまった。

「逃げちゃダメだ」

碇シンジの有名な台詞。かつては少年の成長の物語だったこの言葉が、今では創作者自身を縛る呪文になっている。皮肉なものだ。

作家主義の限界と宿命

庵野秀明という作家は、エヴァンゲリオンという作品から逃れることができない。それは単に商業的な理由だけじゃない。エヴァがあまりにも優れた作品だから、あまりにも多くの人々の心に刻まれてしまったから。

30周年記念という大義名分があっても、新作を作らざるを得ない状況に追い込まれる。しかも、それを漫才という形式で表現する。真面目にエヴァの続編を作ることもできず、かといって完全に離れることもできない、その中途半端な立ち位置を、二人のアスカの掛け合いに託している。

幸福なのか、不幸なのか

エヴァと共に生きることは、庵野にとって幸福なのか、不幸なのか。正直、僕にはわからない。

ただ一つ確かなのは、逃げることができないということ。作品が作家を超えて一人歩きし始めた時、創作者は作品の奴隷になる。でもそれは、作品が本当に優れていることの証でもある。

月1エヴァで旧劇場版から新劇場版まで順番に観てきた観客たちは、最後にこの短編を観て何を思ったのだろう。少なくとも僕は、エヴァという作品の重さと、それを背負い続ける一人の作家の姿を見た気がした。

終わりのない物語

結局、エヴァンゲリオンは終わらない。終わることができない。

庵野秀明がいる限り、いや、もしかしたら庵野がいなくなっても、エヴァは生き続けるのかもしれない。それは作品として最高の栄誉であり、創作者にとっては永遠の十字架でもある。

アスカの漫才を観ながら、僕はそんなことを考えていた。横浜アリーナを出た後の冷たい2月の風が、妙に心地よかった。