2024年1月1日に発生した能登半島地震。
ニュースで繰り返し映像を見ていましたが、本当のところはどうなのか。
迷惑をかけずに現地を訪れ、地域にお金を落として少しでも貢献したい。
そんな思いから、仲間と一緒に能登へ向かうことにしました。
出発準備¶
車のハッチバックには自転車3台と荷物を積み込みました。
現地では自転車と車を使い分けて移動する計画です。
被災地の細部まで丁寧に観察するには、自転車がちょうど良いと考えました。
金沢で夕食¶
移動日の夕食は金沢まいもん寿司でクエをいただきました。
透明感のある白身にスダチが添えられ、回転寿司とは思えない品質です。
地域経済への貢献という旅の目的の一つを、美味しい食事で実践できました。
志賀町で宿泊¶
この日は志賀町のAirbnbに宿泊しました。
シンプルな和室で、翌日からの本格的な被災地巡りに備えます。
地元の宿泊施設を利用することも、被災地域への支援になると考えています。
翌朝、移動開始¶
翌朝7時前。焼杉板の日本家屋の前に自転車を立てかけ、出発準備を整えます。
静かな朝の集落から、被災地巡りが始まります。
赤いジャケットを着た仲間と一緒に、能登半島の海岸沿いを自転車で進みます。
朝の澄んだ空気の中、青空と緑に囲まれた道を走っていると、これから目にする現実が信じられないほど穏やかな風景です。
美しい海岸線¶
能登半島北部の海岸線。
青く澄んだ日本海と緑の崖、岩礁が織りなす美しい景色が広がります。
この穏やかな自然美が、地震によって大きな変化を受けていることを、これから目にすることになります。
最初の被害 - 道路崩落¶
山道のヘアピンカーブで、地震の爪痕を発見しました。
道路の路肩が大きく崩落し、ガードレールが宙に浮いたように傾いています。
崩れた土砂や破壊されたコンクリート片が散乱し、地震の強大な力を物語っていました。
海岸線の変化¶
海岸線を進むと、一見穏やかな風景が広がります。
しかしこの平和な景色の下に、地震による大きな変化が隠されていました。
鹿磯漁港の衝撃的な光景¶
鹿磯漁港に到着して、言葉を失いました。
コンクリート護岸が大きく傾き、海底が露出して水たまりが点在しています。
地震による海底隆起の影響で、漁港としての機能が完全に失われていました。
別の角度から見ると、隆起の実態がさらによく分かります。
漁業用の筏が傾き、港内には浅い海水が溜まるのみ。
本来あるべき水深が完全に失われています。
このままの状態では漁港として使用不可能であり、復旧には莫大な費用と時間が必要です。
漁業を生業とする人々の生活基盤が、根底から破壊されていました。
隆起した海岸線¶
海岸線も大きく隆起していることが分かります。
穏やかに見える海岸ですが、地形が変化してしまっているのです。
テトラポッドの露出¶
海岸に積み上げられた大量のテトラポッド。
本来は海中に沈んでいるはずのものが、砂浜に露出して無秩序に積み重なっています。
地震による隆起の規模がいかに大きかったか、この光景が雄弁に物語っています。
別の角度から見ると、数え切れないほどのコンクリートブロックが不規則に積み重なっています。
まるで巨人が積み木を崩したかのような光景。
地震のエネルギーがいかに凄まじいものだったか、実感せざるを得ません。
干上がった港¶
隆起により完全に干上がった港の内部です。
コンクリートの護岸が枠のように見え、その中は泥と水たまり、岩が露出しています。
遠くには防波堤と青い海が見えますが、手前の港内部は完全に機能を失っています。
漁港の形はそのまま残りながらも、漁港としての役割は終わってしまった。
何とも皮肉な光景でした。
仮設住宅と被災地の空撮¶
上空から見ると、集落の中に仮設住宅団地が整然と並んでいます。
ブルーシートで覆われた家屋も点在し、震災から数ヶ月が経過しても復興の途上にあることが分かります。
仮設住宅の規模から被災者の多さが窺え、地域コミュニティ再建の困難さが伝わってきます。
道路の陥没¶
道路の陥没現場。大きく亀裂が入り隆起した歩道を、自転車で慎重に通過します。
黒いアスファルトが波打つように割れ、地震の強烈な揺れと地盤の変動を物語っています。
日常の生活道路がこれほどまでに破壊されている現実に、衝撃を受けました。
崩壊した家屋¶
能登に近づくにつれて、家が崩壊しているのが増えてきました。
ものすごいパワーを感じます。
完全に崩壊した伝統的な日本家屋。
黒い瓦屋根が傾き、壁が崩れ落ち、家の骨組みがむき出しになっています。
ここに暮らしていた人々の生活が一瞬にして破壊されたことを、生々しく伝えています。
道路沿いには複数の崩壊家屋が並んでいます。
2階建ての家屋は壁が剥がれ落ち内部構造が露出、隣の建物も大きく傾いています。
住民による片付け作業が続いている様子でしたが、被害の深刻さと復興への長い道のりを実感しました。
路地に並ぶ倒壊した家屋。
2台の軽自動車が建物の下敷きになり、周辺には木材や瓦礫が散乱しています。
地震発生時の混乱と恐怖が想像されます。
輪島朝市 - 火災の跡地¶
輪島の中心地は火災で何もなくなっています。
瓦礫の撤去は進んでいますが、再建への道のりは長そうです。
輪島朝市付近の火災跡地。
鉄骨だけが残ったビルが、まるで骸骨のように立ち尽くしています。
周囲一面が瓦礫の平原と化し、火災の激しさを物語っています。
ニュースで何度も見た光景を実際に目にすると、その破壊の規模に言葉を失いました。
上空から見ると、火災被害の範囲がよく分かります。
手前には焼失した建物の基礎だけが残り、瓦礫が整理されています。
奥には市街地が広がり、多くの家屋にブルーシートがかけられています。
輪島市街を別角度から。
住宅密集地の中で、多くの家屋がブルーシートで覆われています。
震災から数ヶ月経過しても、まだ修復が終わっていない家屋が多数存在し、地域全体が復興途上にあることが明確に分かります。
ニュースで見た倒壊ビル¶
ニュースで何度も見た象徴的な倒壊ビル。
白い外壁の建物が道路側に完全に倒壊しています。
実際に目にすると、写真や映像では伝わりきらない衝撃がありました。
信じられない光景でした。
輪島朝市の火災跡地にそびえ立つ、完全に破壊されたビル。
茶色に焼けた外壁と、むき出しになった鉄骨の骨組みだけが残っています。
内部は完全に焼失し、夕暮れ時の曇り空がこの惨状をより一層重苦しく見せていました。
火災で焼失した商業ビル2棟。
地面には焼け焦げた木材や金属の残骸が散乱し、街灯だけが静かに立っています。
瓦礫撤去は進んでいますが、この場所が再び賑わいを取り戻すまでには、長い年月が必要でしょう。
帰路 - 千里浜なぎさドライブウェイ¶
帰路、千里浜なぎさドライブウェイを自転車で走りました。
車で走れる日本唯一の砂浜として知られるこの場所を、あえて自転車で体験します。
砂浜にはタイヤの跡が無数に残り、遠くには車も走っています。
曇り空の下、穏やかな波が寄せる日本海。
被災地の厳しい現実を目にした後、この開放的な砂浜が旅の締めくくりとなりました。
最後に¶
今回の訪問で感じたのは、ニュースの映像だけでは伝わりきらない現実の重さでした。
海底隆起による漁港の機能喪失、テトラポッドの露出、倒壊した家屋の数々、そして輪島朝市の火災跡地。
どれも実際に目にすると、地震のものすごいパワーを体感させられます。
一方で、瓦礫の撤去が進み、仮設住宅が建ち、住民の方々が片付け作業を続けている姿も見ました。
復興への長い道のりの中で、少しずつ前に進んでいることも感じられました。
被災地に迷惑をかけずに訪れ、地域にお金を落とすこと。
それが今の自分にできる小さな貢献だと思います。
能登半島の復興を、これからも見守っていきたいと思います。