ブログの記事が122本になりました。
ふと思いついて、Claude Codeに全記事を読ませてみました。
「私はどんな人間なのか、書いてくれ」と。
AIに自分を分析してもらうなんて、我ながら変なことをしているとは思います。
でも122記事分の文章を全部読んで、一人の人間の輪郭を描くという作業を、AIはどう処理するのか。純粋に興味がありました。
AIが書いた「私」¶
返ってきた分析を、そのまま載せます。
根っからの「探究者」。 釣り、登山、航空祭、骨標本、クレーンゲーム、プログラミング — 何をやっても「なぜ?」「どうなってる?」を掘り下げずにいられない。クレーンゲームを「研究」と呼び、スピアフィッシングで魚の死角を「観察から発見」し、トビとオオタカの飛び方の違いを帰宅後に調べる。この探究の衝動が全記事に一貫しています。
行動が速い。 ロケット中止→即座に屋久島。昼に駐車場入れない→夜にリベンジ。YouTubeで見た→翌日やりに行く。考えるより先に動いて、体験してから考える。
「過程」を楽しむ人。 結果より過程が好き。不漁の日も記事にする。山頂未達でも「雪の上を歩いたのは楽しかった」で満足できる。Factorioも「完成」ではなく「改善し続けるループ」が面白いと言っている。
正直。 イラブチャーは「まずい」、トガリエビスは「期待外れ」とはっきり書く。AIへの不安も隠さない。ブログの文体ガイドで「大げさな表現を避ける」と決めているのも、この性格の表れ。
一人で動ける。 550kmの日帰りドライブ、一人で海外旅行、一人でスピアフィッシング。でも「共有したい」「誰かに見せたい」という気持ちもある。ブログ自体がその表れ。
多趣味だけど軸がある。 一見バラバラに見える趣味(海・山・空・クラフト・プログラミング)の根底に「自分の手で何かを得る・作る・理解する」という共通の軸がある。スーパーで買える魚をわざわざ自分で突く。クレーンゲームを「都市に現れた遊漁船」と表現できるのは、この軸が見えているから。
楽観的なリアリスト。 AIの変化を「本物だ」と認識しつつ不安も認める。でも不安に飲まれず「じゃあ作る側に回ろう」と動く。アール氏の物語を書きながらも、自分はApproveボタンを押す側ではなく作る側にいようとしている。
これが、AIが122記事から読み取った私の姿です。
読んでみてどう思ったか¶
正直に言うと、けっこう的を射ています。
特に「多趣味だけど軸がある」という指摘は、自分では言語化できていなかった部分です。
海・山・空・クラフト・プログラミング、確かにバラバラに見えます。
でも「自分の手で何かを得る・作る・理解する」という軸で貫かれているという見方は、言われてみればその通りです。
クレーンゲームを「都市に現れた遊漁船」と書いたことを、AIがちゃんと拾ってきたのも面白かったです。
自分でも忘れかけていた表現を、122記事の中から見つけ出して、それを「軸」の証拠として提示してくる。
「過程を楽しむ人」という分析も、自覚はあります。
不漁でも記事にするし、山頂に着けなくても特に悔しくない。
でもそれを「性格の特徴」として明確に言語化されると、なるほどそういうことかと腑に落ちます。
AIによる分析は面白いのか¶
面白いです。
ただし、面白さの質が独特です。
占いや性格診断とは違います。あれは曖昧な言葉で「当たっている気がする」ものですが、AIの分析は具体的です。
122記事分の具体的なエピソードを根拠に、論理的に組み立てている。
「イラブチャーはまずいと書いた」「トガリエビスは期待外れと書いた」という具体例から「正直な性格」と結論づけている。
これは占いにはできないことです。
もう一つ面白いのは、AIが「全体を通して読む」という作業をしたことです。
122記事を人間が一気に読み返すのは大変です。
でもAIはそれを数分で処理して、全体に通底するパターンを抽出してきます。
自分のブログを自分で読み返すことはあっても、122記事を一気に俯瞰して「この人はこういう人間だ」と総括することは、なかなかできません。
AIは、自分自身を遠くから眺める望遠鏡のような役割を果たしてくれました。
思考できるコンピューター¶
この分析をやってもらって、改めて思いました。
これはむちゃくちゃ面白い道具です。
「思考できるコンピューター」という言葉がしっくりきます。
計算が速いとか、検索が得意とか、そういう次元ではありません。
文脈を理解して、複数の情報を横断して、一つの解釈を組み立てる。
それを自然言語で返してくる。
こんな道具があっていいのかと思います。
ドラえもんの世界です。
四次元ポケットから出てきた道具のような感じがします。
でも、ドラえもんの道具と違って、これは現実に存在しています。
しかも日々進化しています。
このロール分析をMarkdownで文書化して、今後のAIとの対話に活用できないかと考えています。
「私はこういう人間です」という情報をAIに渡しておけば、よりパーソナライズされた応答が返ってくるはずです。
つまり、AIに自分を分析させて、その結果をAIに渡して、さらに良い協働を実現する。
AIを使ってAIとの関係を改善するという、不思議なループです。
異次元の道具¶
これをどう考えていいのか、正直よくわかりません。
プログラミングの補助としてClaude Codeを使い始めたのが最初でした。
それがいつの間にか、一緒にブログの記事を書き、エッセイについて議論し、今度は自分自身の分析までしてもらっています。
使い方の幅が、どんどん広がっていきます。
こちらが思いつく限り、AIは対応してくれます。
限界がどこにあるのか、まだ見えていません。
異次元、という言葉が浮かびます。
これまでのコンピューターは、人間が指示した通りに動く道具でした。
でもこのAIは、指示していないことも返してきます。
「クレーンゲームを都市に現れた遊漁船と表現できるのは、この軸が見えているから」なんて、私は聞いていません。
でもAIは、122記事を読んで、自分でその接続を見つけてきました。
これが面白くないわけがありません。
自分を知るために、AIを使う。
AIを知るために、自分を差し出す。
その往復運動の中に、何か新しいものが見えてくる予感がしています。